1983年12月8日の武道館最終公演前に行われた、8日当日のリハーサル風景を収録。ASIA IN ASIAの音源中、現時点で最もレアなのがこの8日のリハーサル風景を生録した音源でしょう。この収録は恐らく当時の日本エイジア・ファンクラブの中心人物だった方がメンバーの許可の下で行ったものと思われますが、持参したウォークマンかラジカセで各楽器のサウンドチェック、楽屋とステージでのコーラス練習、バンド全体の音合わせ等を2時間近くも収録しており、中には当時のエイジアのマネージャーだった故ブライアン・レーンとカール・パーマーによるファンクラブの会員に向けた特別なメッセージまで含まれています。音質は良好で、さほどのジェネも経ていないと思われますが、元々が本当にプライヴェートな録音であるため、時折りガサゴソと、慌しい移動の最中にマイクを擦った異音が入るのは御愛嬌です。しかしそれもまた、当時のファンクラブの中心人物という特別なファンの視点で録音されたこの録音物の生々しさを際立たせています。登場回数が一番多いのはダウンズのキーボード・チェックです。ただこれは演奏面のチェックというよりも、あの巨大なキーボード要塞の"起動チェック"に近いものがあり、シンセ、ストリングス、エレピ、オルガン、リズムマシン、ボコーダー、ピアノ・・と、様々な音がめまぐるしくチェックされてゆく様子は聴きモノです。またチェック中の旋律に釣られる様にドラムやベースが絡んでゆくのもリハ風景ならではですし、中には突然「Time Again」を始めるシーンもあったりするので、その突発的なワクワク感で耳を離せないでしょう。ドラムの単体チェック・シーンはDisc1-(2)の1回だけですが、キットの固定具合や打面の感触、響きの出方を肌感覚で確かめている様子が印象的です。この様子は画用紙に素早い的確な筆致で物の基本形をデッサンしている様でもあり、約6分半程度と短いながらもインパクトの高いシーンとなっています。ベースはDisc-2の後半で聴ける全体の音合わせや、キーボードのチェック時にそこそこ音が入っていますが、ベース単体でのチェック・シーンはほぼ皆無なのも面白いところです。これはASIA IN ASIAでのグレッグが、時折カラフルなラインは入れるものの基本的にどの曲もルート弾きでこなしていた為と思われ、曲の音型さえ確認出来れば練習はさほど必要無かったという表れかもしれません。むしろ彼の場合はベースよりもコーラスや歌唱面のチェックにこそ本腰を入れている様で、実際Disc2-(11)の後半等ではこの後に控えた「Don't Cry」初演に向けて、最後の歌い込みとフレーズの確認を黙々とこなしている様子が捉えられています。ギターのリハ風景は「Sketches In The Sun」等のソロ曲で響きを確認した後、「Don't Cry」の出だし部分(※音が一気に高音まで伸び上がるところ)のチェック・シーンが10分近くも続くという特徴的な箇所が出てきます(※Disc2-(4)の3分24秒?)。彼がここで弾いているのはフェンダー製の”Dual 6 ”というスチール・ギターで、83年のライブではこの冒頭部や2コーラス目の後に出てくる同じ音型の箇所で手持ちギターからDual 6に一瞬チェンジして弾いていました。なのでこれはその手慣らしなのでしょう。立ち上がりの音を伸ばす時間とタイミングを色々変え、音色の出方と響きの感触を念入りに確かめています。これを執拗に繰り返しているのは恐らくもうひとつ別に理由があると推測され、それはこの音型が出てくる部分で過去に演奏ミスが目立っていたからでしょう。具体的には本作Disc2-(10)の失敗例で聴けるようなアンサンブルのズレと歪みから来るものですが、こうした前例が夏の北米ツアーでは数多く散見されました。有名なところではオリジナルメンバーとして80年代最後の演奏となった9月10日デトロイト公演での演奏も冒頭でこれと全く同じミスをしていますし、中には8月22日のマサチューセッツ公演での痛々しいシーン、即ち終曲を失敗してエンディングをやり直していた様子を思い出す方も居られるでしょう。そんな苦い経験もあってハウはここで執拗にフレーズとタイミングの再確認をしているのだと思われますが、これは同時に「Don't Cry」がバンドにとって、そしてスティーヴにとってどけだけ演奏し辛い"鬼門の曲"であったかも伺わせています。でもそうして念入りに臨んだだけあって8日公演本番の「Don't Cry」は演奏が見事に結実している事も見逃せません。この様子は是非本編タイトル『ASIA IN ASIA : DEFINITIVE AUDIENCE MASTERS』のDisc3-(10)で御確認戴きたいと思いますが、しかし実はそれ以上の極上プレイをしているのがリハーサルの最後を飾る本作Disc2-(8)と(11)での演奏なのです。特に(11)でのギターの入り方、音色と旋律の伸び方、音楽のダイナミックな浮上感と立体感は本番以上というよりも、83年全公演中のこの曲のベストと言えるものとなっていますので要チェックでしょう。各自が僅か数十分前に確認した自分の響きを時間を置かずに全員で重ねた事により、その日その場の 感覚が瑞々しい音色となって飛び出してくる音楽の不思議が、この2つのトラックには克明に記録されています。こうしたリハーサル音源の醍醐味は、その日の音楽がどの様な人の営みによって創られたのかが良く分かる点だと思います。サウンドチェックとは即ち、ミュージシャンが個人や全体で出す音の響きを確かめる行為ですが、それをじっと聴き、どの楽器からどの様に音が膨らんで別の響きと重なるのかを傍で見る(もしくは、"診る")行為は、自分の中にその曲・その演奏についての視点がそれだけ増えてゆくという喜びに直結しています。音楽が実り豊かに生まれてゆくこの約2時間の音風景に、あなたは何を感じ、何を読み取るでしょうか。 ASIA - DON'T CRY: SOUNDCHECK AT BUDOKAN 8th December 1983Budokan, Tokyo, Japan 8th December 1983 TRULY AMAZING SOUND Disc 1(61:33) 1. Keyboard & Bass Soundcheck 2. Drums Soundcheck 3. Chorus Check 4. Message from Brian Lane & Carl Palmer 5. Rehearsal & Soundcheck 6. Keyboard Soundcheck 1 7. Keyboard Soundcheck 2 Disc 2(47:17) 1. Keyboard Soundcheck 3 2. Keyboard Soundcheck 4 3. Guitar Soundcheck 1 4. Guitar Soundcheck 2 5. Guitar Soundcheck 3 6. Guitar Soundcheck 4 7. Chorus Check 8. Don't Cry 9. Soundcheck 10. Don't Cry (Breakdown) 11. Don't Cry