フロイドのライブ公演中でも、オーディエンスによって録音された音源数が特に少ないのが1973年と74年でしょう。どちらの年度も公演回数がさほど多くなかったという根本的な理由があると思います。しかし中でも73年はアルバム『狂気』の発売年であり、しかもその傑作アルバムがリリースされた3月に合わせてちょうど春のツアーをスタートさせている訳ですから、ファンにとって73年3月のライブはどれも特別な意味を持っていると言えるでしょう。今回当Sigmaから登場するのはそんな1973年3月10日にケント州立大学で行われた公演で、まさにこのアルバム発売年の発売月にやっていたツアー音源からの嬉しい高音質盤となっています。この日の模様を収めた既発盤は『SHORTER OF BREATH』『KENT STATE MASTER』『STOLEN MOMENTS FLOATING SOFTLY ON THE AIR』...など幾つもありましたが、これはそのうちの『KENT STATE MASTER 』に使用されていたものの最新アッパー版です。マスターそのものは同じですがその音質は明らかに既発盤を上回っており、音圧のタフさや全体の透明感、そして豊かな響きを醸し出す演奏音はこれまでのサウンドを確実に一歩上回っています。もちろん音のドロップアウトやカットもありませんので、ただでさえ音源数が少ない73年音源に届いた久々の吉報と言えるでしょう!!この状態でも充分に通用するサウンドだったのですが、そこは信頼のSigmaですから完璧を期す為にも当レーベル所有の2015年最新機材を使って丁寧に精査・ブラッシュアップをしております。マスター原音に僅かに存在していたノイズの除去とピッチを厳密に正し、音像の定位補正と原音に影響が出ない程度の音像調整を施した事で、マスターテープ本来が持っている鮮度最高の明瞭感とマッシヴなサウンドを最高のクオリティで甦らせる事に成功しました。ただ残念なことに、本作に収録されているのはショウの後半・第2部となる" 狂気 "パートのみなのです。ショウ前半・第1部で披露されていた「Echoes」「Obscured By Clouds」「When You're In」「Childhood’s End」「ユージン」、及び狂気パートが終わった後で披露されたアンコールの「One Of These Days」が未収録となっています。「Speak To Me」のモノローグと効果音が異様なほどの近さで揺れ動いている様子にまず期待が高まりますが、これが「Breathe」第一音目が鳴った途端、確信に変わるでしょう。密度の高いサウンドが聴き手の期待を裏切らない驚きを伴って、一気に倦怠感漂う異世界へ連れ去ってくれるのです。ギターのシャープな音と歌唱旋律がグッと伸び上がり、実の詰まったリズム隊の動きがリアルな音像でこの日の音楽を創り出してゆく様子はまさに鳥肌モノの興奮を呼び覚まします! 「On The Run」はスネア・ビートとVCS 3のシーケンスが非常に近く現れる事に驚かれでしょう。またこの日は終盤で出てくるノイズのコラージュが長めで、それが鮮明に浮き出したまま高い緊張感が続くのも注目です。「Time」では浮遊感たっぷりのギターサウンドが間近から出ており、その響きと艶に圧倒されると思います。ツイン・ボーカルの後ろで時折現れる女性コーラスのハーモニーも魅力的で、これが威力ある低音の響きと共に伸びのある音でこちらに向かってくるのも大きな聴きどころとなっています。「The Great Gig In The Sky」はパンチの効いたゴスペル風の女性スキャットが見事に" 立った "サウンドで出てきます。前半で終始鳴っているオルガンも質感高い音で録れており、後半でレジスターの音に重なりながら静かに演奏が(・・というよりは、音楽が)闇に沈んでゆく様子も最後まで表情豊かに記録されています。「Money」では威力ある濃厚な演奏音が高い躍動感を伴って現れ、歌唱とギターコードのアクセントが創るこの日特有のシニカルな音楽的表情を鮮度の良い音で届けてくれます。低音部が消えてからの各楽器の対話(※3分33秒付近?)もギターとピアノによるファンキーな表現が浮き立つ立体的な音像となっており、それらが見通しの良いサウンドで駆け抜けてゆく興奮を是非味わって戴きたいと思います。「Us And Them」では導入部のオルガンによる調べが質感高い響きで広がり、音域の広さと深さが直球で伝わってくる筈です。漂う曲想の中でシンバルが刻まれる様子も全体音に埋もれる事無く出ていますし、サビ部分で出てくるギルモアの歌唱と女性バックコーラスの妖艶なハーモニーも魅惑の響きで息衝いています。「Any Colour You Like」もまたキーボードの出音が深く鮮やかで、幾重にも織られてゆく濃厚な音色が耳元に広がってゆく喜びは格別なものがあります。演奏もタフなうえ、中盤から激しさを増すニックの打音表現も絶品の音で現れ、終盤でギターと共に何度も音の押し込みをしてゆく様子は強烈な印象を心に残してくれるでしょう。「Brain Damage」では歌い出しと同時にハウリングが発生し、暫く間を置いてからアプローチし直すシーンがあるのもトピックスです。後半に進むにつれハーモニーに深みが増すコーラスと、ますます創意に充ちてゆく演奏の融合が迫力の音像で現れ、「Eclipse」もドラマチックな演奏が弾力あるサウンドで最後まで出ている事に感嘆される筈です。「このサウンドでショウの前半が聴きたい・・」聴き終えたら誰もがきっとそう思うでしょう。未収部分は既発盤の別ソースを使用して併録する事も考えましたが、しかし何故そうしなかったかは冒頭で御説明した通りです。ここで聴けるマスターサウンド本来の輝かしい音色と確かな聴き応えに触れて頂ければ分かると思いますが、本当に質の良いコーヒーは削られた欠片でさえも香ばしいのと同様、本作もこの公演の第2部・狂気パートのみではあっても、この日のパフォーマンスの鋭さと勢いを香り立つサウンドで運んでいる訳です。アルバム『狂気』の為に書かれた曲がレコード店に並んだまさにその月の、この雄弁な表現力に最新マスターサウンドで触れてみて下さい。あのアルバムの音楽に新たな視点と再発見をする喜びできっと充たされるに違いありません。 Live at Memorial Gymnasium, Kent State University, Kent, Ohio, USA 10th March 1973 PERFECT SOUND (48:19) 1. Speak To Me 2. Breathe 3. On The Run 4. Time 5. Breathe(Reprise) 6. The Great Gig In The Sky 7. Money 8. Us And Them 9. Any Colour You Like 10. Brain Damage 11. Eclipse