「客席録音は文化」……その言葉の意味をこれほど見事に感じられるタイトルが未だかつてあったでしょうか。本作は、「こわれもの」「危機」の完全再現で話題となった2014年東京3連続公演を同一テーパー、同一機材で捉えたCD6枚組。しかも、すべてアリーナ最前列から9列目までというベストシート・サウンドです。最新の来日音源がCDでリリースされることはよくありますが、本作はそれだけには止まらない。これこそ、オーディエンス録音だからこそ実現した芸術作品です。再生すると穏やかな拍手に促されてオープニングSE「The Young Person's Guide To The Orchestra」が流れ、メンバーがゆっくり登場。そして、何千何万回聴いたか分からない、あの小鳥のさえずり……「危機」の完全再現がスタートです。ここからもう、完全に異世界が広がります。最初の音出しの際に沸いた歓声もスッと引き、完全な静寂の中でバンド・サウンドだけが大気を満たしていく。ギターのピッキング1つひとつ、バスドラの1発まで聴き惚れてしまう美しい録音に、息をするのも忘れてしまう。サウンドボードのように明瞭なことなど「当然すぎる」と言ってくるかのような見事なサウンド。しかしながら、PAの出力音そのものでは決してなく、会場に響く残響をほんのりとまとって空間に広がる。この様がなんともYESの音楽に合うのです。降り注ぐコーラス、会場の床を振るわせるベース&シンセの低音、風圧さえ感じるパイプオルガン……ダイレクトなサウンドボードでは体験できないニュアンスのすべてが詰まっている。イン・イヤー・モニター音源も出てきてはいますが、それでは決して味わえない“空間の音楽”なのです。しかも、それを味わい尽くそうと静寂を守る日本の観客も素晴らしい。「Close To The Edge」の10分ほどのところでクリス・スクワイアのフレーズに反応した観客数人がわずかに拍手しますが、それが響き渡るほどの静けさ。前衛音楽家のジョン・ケージは、無響室で「無音」を聴こうとして体内の音を消せなかったと語っていますが、ヘッドフォンで本作を聴いていると自分の呼吸や鼓動の音さえも邪魔に感じてしまうほどです。その会場に響き渡るクリスタルのように透き通ったバンドサウンド。実際に観るまでは不安だったジョン・デイヴィソン、ジェフ・ダウンズも2年前の来日公演とは比べものにならないほどバンドに馴染み、不足感がまるでない。特にデイヴィソンの声は、単に“ジョン・アンダーソンのそっくりさん”というレベルを超え、美しくも感情移入された歌声を聴かせてくれる。確かにアンダーソンに酷似してはいますが、彼よりも芯がハッキリと通っている。陽光のように降り注ぐアンダーソンに対し、デイヴィソンの歌声はまっすぐ観客に届き、そこから柔らかく広がっていくようなニュアンス。本人が意図したわけではないでしょうが、これが会場の音響(と本作の録音)と絶妙にマッチしているのです。静かな会場に優しく響き渡る「危機」と「こわれもの」。ここには、その美しさを邪魔するものは何もなく、ただひたすら音楽だけが雄弁に語っている。まるでスタジオ・アルバムのようでありながら、生演奏の感触と会場中に広がる音の美しさがこぼれ落ちる。音楽に真剣なミュージシャンと真摯な観客が集まり、そこに記録への情熱を燃える録音師がいた。2014年の日本だからこそ、本作は実現しました。冒頭に書いた「文化」「芸術作品」とは、そういう意味なのです。少々、堅い話が長くなりましたね。本作はYESのロック・バンドらしい一面もしっかりと記録されています。初日の「Mood For A Day」や2日目の「Five Per Cent For Nothing」では演奏がストップしてやり直す場面もありますし、2日目の「Mood For A Day」では元大リーガーのカメラマン(!)、ランディ・ジョンソンのシャッター音を嫌がったハウが「シッシッ」と一喝。伝説の大リーガーがすごすごと退場するといった笑えるシーンも聞くことができます。さらに3日目には、アンコール曲を「Starship Trooper」と間違えてしまい、ムッとしたハウが半ば強引に「Owner Of The Lonely Heart」を弾き始めます。3日目はオフィシャルからダウンロード配信もされましたが、このシーンはカットされており、本作でしか聴けません。こうしたトラブル以外にも、3日間で演奏のニュアンスの違っていて本当に楽しい。同会場・同テーパー・同機材の統一感はあっても、音質も微妙に異なり、クリスタル・クリアな初日、ベースサウンドが豊かな2日目、両方の特徴兼ね備えながら優しい残響の3日目と、それぞれに甲乙付けがたい素晴らしいバージョンの「危機」「こわれもの」が聴けるのです。確かに、本作にアンダーソンもウェイクマンもブラフォードもいません。しかし、弾いている“人間”でなく、聞こえてくる“音”を愛する方であれば、本作に詰まった「危機」「こわれもの」の素晴らしさを否定することは出来ないでしょう。私たちは客席録音が文化であることを知っていますし、数々の名録音が広く知られてほしいと願ってきました。しかし、コントロール不能な観客までも取り込んで「芸術作品」の次元にまで到達する録音など、聴いたことがありません。 Tokyo Dome City Hall, Tokyo, Japan 23rd, 24th & 25th November 2014 TRULY PERFECT SOUND(from Original Masters) Live at Tokyo Dome City Hall, Tokyo, Japan 23rd November 2014 Disc 1 (60:29) 1. The Young Person's Guide To The Orchestra 2. Close To The Edge 3. And You And I 4. Siberian Khatru 5. Chris Squire Introduction 6. Believe Again 7. Jon Davison Introduction 8. The Game Disc 2 (64:57) 1. Steve Howe Introduction 2. Roundabout 3. Cans And Brahms 4. We Have Heaven 5. South Side Of The Sky 6. Five Per Cent For Nothing 7. Long Distance Runaround 8. The Fish 9. Mood For A Day 10. Heart Of The Sunrise 11. I've Seen All Good People 12. Owner Of A Lonely Heart Live at Tokyo Dome City Hall, Tokyo, Japan 24th November 2014 Disc 3 (60:24) 1. The Young Person's Guide To The Orchestra 2. Close To The Edge 3. And You And I 4. Siberian Khatru 5. Chris Squire Introduction 6. Believe Again 7. Jon Davison Introduction 8. The Game Disc 4 (69:03) 1. Steve Howe Introduction 2. Roundabout 3. Cans And Brahms 4. We Have Heaven 5. South Side Of The Sky 6. Five Per Cent For Nothing 7. Long Distance Runaround 8. The Fish 9. Mood For A Day 10. Heart Of The Sunrise 11. I've Seen All Good People 12. Starship Trooper Live at Tokyo Dome City Hall, Tokyo, Japan 25th November 2014 Disc 5 (60:17) 1. The Young Person's Guide To The Orchestra 2. Close To The Edge 3. And You And I 4. Siberian Khatru 5. Chris Squire Introduction 6. Believe Again 7. Jon Davison Introduction 8. The Game Disc 6 (64:35) 1. Steve Howe Introduction 2. Roundabout 3. Cans And Brahms 4. We Have Heaven 5. South Side Of The Sky 6. Five Per Cent For Nothing 7. Long Distance Runaround 8. The Fish 9. Mood For A Day 10. Heart Of The Sunrise 11. I've Seen All Good People 12. Owner Of A Lonely Heart Steve Howe - Guitars, Vocal Chris Squire - Bass, Vocal Alan White ? Drums Geoffrey Downes - Keyboards Jon Davison - Lead Vocal